レンヌ・トーブ(3502-MT6NPC)PCクエストノベル(2人)[文章:日向葵]
クレモナーラ村〜散歩日和
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【冒険者一覧】 整理番号 / 名前 / クラス
3502 / レンヌ・トーブ / 異界職
2936 / エイーシャ・トーブ / 異界職
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クレモナーラ村と言えば春の音楽祭が有名であるが、もうすぐ夏を迎えようというクレモナーラ村は、春とはまた違う美しい趣を見せていた。
緑溢れる森は強い太陽の光を受けてきらきらと生命力旺盛に輝いているし、光を映して流れる川は地上に落ちた星のようだ。
レンヌ「本当に、綺麗ですねえ……」
呟きとともに思わず、感嘆の息が零れる。
噂には聞いていたけれど、噂以上の美しさだ。
エイーシャ「本当。来てよかったわ」
見た目だけではない。
職人たちのものかそれとも演奏者のものか。あちこちから絶えず楽器の音が流れてくる。
特に合わせているわけでもないだろうその音は、だが、決して不快な音にはなっていなかった。
道行く人々はみな笑顔で、歓迎してくれているのがよくわかった。
小さな村は、これといった観光名所はないけれど、逆に言えば村全体が観光名所のようなものだった。
レンヌ「どこに行きますか?」
エイーシャ「そうねえ……」
このままのんびりと散歩を続けるのも良いだろう。
けれどクレモナーラ村はこじんまりとした小さな村だ。ぐるっと一周するだけなら、数時間もあれば巡れてしまう。
村の青年「あんたたち、観光に来た人だろ?」
悩んでいる様子を見てか、通りすがりの青年がにこやかな笑みで声をかけてくれた。
二人が頷くと、青年は楽しげな表情で道の先の方を指差した。
村の青年「祭りの時期以外は見所なんてないけどさ。音楽が好きなら広場に行ってみるといいよ」
レンヌ「広場、ですか?」
村の青年「ああ」
告げた青年が教えてくれたところによると、村の中央近くにはみんなが集まれる広場があるという。
祭りの時期以外はほんとうに何もない、ただの広場なのだが。
晴れた昼の日であれば常に誰かしらが楽器を持ってそこで演奏しているらしい。即興の合奏がかなでられることもよくあって、時期外れのクレモナーラ村ではある意味一番の観光スポットであるということだった。
エイーシャ「それじゃ、行ってみようかしら。せっかくだものね」
レンヌ「はい!」
教えてくれた青年に礼を言って、二人は道の先へと歩き出す。
村のあちこちへと続く道があるだけの、本当に小さな広場。十数人も集まったらいっぱいになってしまうだろうそこに、数人の人影を見つけて二人は顔を見合わせた。
青年が教えてくれた通りの光景に、期待の笑みが表情に出る。
レンヌ「こんにちは」
エイーシャ「お邪魔します」
軽く会釈して近づくと、広場に集っていた村人たちは、いっせいに演奏を止めて、挨拶と共に片手を上げて歓迎してくれる。
エイーシャ「あ……ごめんなさい」
演奏を止めてしまったことに頭を下げると、村人たちは陽気に笑った。
村人A「気にせんでいいよ」
村人B「演奏はいつでもできる。それより、お客様を歓迎する方が優先だ」
村人C「なにかリクエストがあったら弾くよ」
村を包むあたたかな空気と同じ、あたたかな声。
レンヌ「え。いいんですか?」
村人B「もちろん」
村人A「楽器は作るのも演奏するのも楽しいけど、聞いてくれる人がいるともっと楽しいんだよ」
本当に楽しそうに告げる声音を聞いていると、遠慮する方が申し訳ないような気分になってくる。
とはいっても、二人は異世界の人間で、ソーンの曲にはあまり明るくない。
エイーシャ「ありがとうございます」
お礼を言って好意をありがたく受けることにしたのは良いけれど。リクエストできるような曲名が思いつかずに二人は少々考え込んだ。
と。
村人たちは楽しげな笑い声をあげた。
村人C「曲名で言わなきゃいけないってことはないから、そう深く考えなくても」
レンヌ「……そうですか?」
言われた台詞に二人は顔を見合わせる。
せっかくこんな綺麗な場所に来ているのだから。
こんなに穏やかな村なのだから。
エイーシャ「それでは……。この村の雰囲気で、というのは大丈夫かしら?」
村人A「もちろん!」
嬉しそうな返事がかえってきて、村人たちは目と目を交わして合図をすると、すぐに演奏を始めてくれた。
それはこの村の穏やかでやわらかな、あたたかい雰囲気にぴったりの優しい曲だった。
さらさらと流れていく川の音楽。爽やかに枝葉を揺らす風の音楽。鮮やかな木々と木漏れ日の音楽。
聞いているだけでも情景が浮かんでくるような曲に、惜しみない拍手を送る。
村人C「やっぱ聞いてくれる人がいると違うねえ」
村人B「どうもありがとうな」
レンヌ「いえ、私たちのほうこそ、ありがとうございます!」
エイーシャ「とっても素敵な演奏でした」
ぺこりと頭を下げる。
村人A「そういやあんたたち、この後はなにか予定はあるのかい?」
問われて二人は首を横に振った。
すると何故か彼は、とても楽しそうにニッと笑って、声をひそめた。
村人A「今の季節なら、村はずれにある野原がオススメだよ」
ナイショ話にするような内容でもないような気がして不思議に思っていると、村人はさらにもう一言付け足した。
村人A「普段は教えないんだけどね。時期外れに来て演奏を聴いてくれたあんたらにお礼だよ」
村人同士では別に秘密でもない場所のようで、他の村人たちはその言葉にコクリと頷いて、彼と同じような笑みを浮かべた。
レンヌ「うわあ、ありがとうございます! エイーシャさん、行ってみましょう!」
エイーシャ「ええ、もちろん」
改めて村人たちに礼を告げ、二人は教えられた村はずれの野原に向かった。
それは森のすぐ隣にある野原で。
野原の真ん中辺りを川が横切り流れている。
森からは賑やかな鳥の声が聞こえていた。
野原には夏の花がところせましと咲き誇っていて。
レンヌ「すごい……」
エイーシャ「綺麗ね」
それ以上の言葉はなく、二人はしばらくその場に立ち止まっていた。
自然の草花などそれほど珍しい土地ではない。野原も森も川も、この村のほかにもたくさんある。
ソーンに来てからまだ長くはないけれど、それなりにいろいろな土地も見てきた。
だけど。
けれど、ここが一番、美しいとそう思う。
物言わぬ命がこれ以上ないくらいに胸を張って、自己主張をしている。が、その自己主張は決して勝手気ままなものではなく、他の生命たちとも共存しあって、絶妙のコントラストを生んでいるのだ。
エイーシャ「来てよかったわ」
最初、二人で観光に出かけようと決めた時には、ここ以外の候補もあった。
いやむしろ、クレモナーラ村なら祭りの季節に出かけようと言う話もあったのだ。
特別な何かがあったわけではなく、なんとなく話の流れで、このクレモナーラ村に出かけようと決まった。
レンヌ「はい。今日はありがとうございます」
エイーシャ「それは私も同じよ。一緒に来れてよかったわ。ありがとう」
繰り返される同じような言葉にクスクスと小さな笑みが零れ出る。
ふと見れば、空は青から茜へと色を変え始めていた。
一日が、終わろうとしている。
穏やかで静かで、心までもゆったりと休ませて貰ったようなそんな一日。
エイーシャ「それじゃ、そろそろ宿に戻りましょうか」
レンヌ「はい」
澄んだ空気と晴れた空は、きっと夜も美しく瞬くだろう。
今夜の星空に期待を抱いて、二人は宿へと向けて歩き出した。