韓国ソウル探訪その2

 

 景福宮を散策した後、同じ敷地内にある国立中央博物館を見学した日野庵主人、次はいよいよ……。

  

 ここが一般に「青瓦台」と呼ばれる大統領官邸です。とはいっても、官邸そのものは軍隊のものものしい警備の中にあって、一切の撮影は禁止。官邸の隣にある迎賓館(左写真)のみが撮影を許可されています(ただ、ここでも建物に不用意に近づくことはできません)。あらためてこの国に徴兵制度のあることを思い出すと同時に、日本にはない緊張感が、この国には常に存在していることを実感しました。

 

 この旅で宿泊したホテル新羅(シーラ)は南山公園の麓にあって、街の喧騒とは対照的に、広い敷地内にはゆったりとした時間が流れていました。韓国で最も格調の高いホテルだそうですが、格調だけでなく、旅行客を充分にくつろがしてくれる雰囲気と配慮があるのが印象的でした(レストランでお茶目なボーイさんと出会えたのも楽しかった)。世界のVIPが利用することも多く、私が滞在していた間にも、韓国を訪問していたメガワティ・インドネシア大統領がこのホテルに入るのを目撃しました。

  

 

  

 〈その1〉にも書いたように、ソウルの街を散策する際の足として、最も便利なのが地下鉄。路線ごとに色分けがなされ、各駅には番号が表示されているので、ハングル文字を読めない私たちでも簡単に目的地にたどり着くことができます。国営のため料金もかなり良心的。街の中心部での移動だと600ウォン(約60円)ですみます。日野庵主人も、その地下鉄を利用して繁華街である明洞(ミョンドン)へ。最近は漢江(ハンガン)の南の地域(江南)にも新たな若者の街が出来てきているそうですが、老舗の(?)明洞も人々の活気にあふれていました。前日の夜に訪れた東大門市場(トンデムンシジャン)も楽しかったものの、散策の場としては、街としての雰囲気に包まれた明洞の方がおもしろかったように思います。ふと立ち寄った喫茶店のアイスティーは、何となく懐かしい味がしました。

 

 明洞から歩いて西へ。南大門(ナンデムン)に向かう途中には、1945年までの日本統治時代に日本人によって建設された建物がいくつか残っています。まずは韓国銀行本店。ここはもと植民地朝鮮の発券銀行だった朝鮮銀行本店。それから新世界百貨店。ここは1934年完成の三越京城支店の建物をそのまま使用しているそうです。旧朝鮮総督府の建物は1995年、金泳三(キムヨンサム)政権下で解体されましたが、こうして韓国の人々の生活の中で現在も残っている建物があることは、私にとって正直意外でした。右写真の南大門は李氏朝鮮時代の都の正門、韓国国宝の第1号です。ただ、工事中だったのと、広い道路の真ん中にあって、近寄ってじっくりと見ることができなかったのは残念。

  

 

  

 そして最後に韓国の食について。日野庵主人が今回の旅で食した韓国料理は、石焼きビビムパブ(左写真)、パジョン(ネギが入ったお好み焼き風のもの)、カルビ焼肉、プルコギ(やや甘い味付けで日本のすき焼きに近い)、キムチ・チャーハン。もちろん、キムチはほとんどの料理にサーヴィスで付いてきます。日本では食したことのないワタリガニのキムチを味わえたのもやはり本場の韓国ならでは。次回はぜひサムゲタンにチャレンジしてみたいものです。

 

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