味真野の里めぐり 地名か赤丸でリンクします。ホームへもどる

文章は、味真野小学校パソコンクラブの児童が作りました。平成8年9月
引用文献:味真野の歴史(味真野小発行)、武生の歴史(市教委発行)、武生市のパンフ(市発行)


小丸城あと まがりの里 東運動公園 ごうしょう寺 味真野小学校 霊泉寺 味真野の里

小丸城趾


高さ約10メートル、まわり約200メートルのこ高いところにあります。約400年前に、織田信長の家来、佐々成政が作ったものです。当時は、幅10メートル、周囲600メートルくらいの堀でかこまれていました。城の鬼がわらや文字を書いた丸がわらなどが、たくさんでてきました。
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まがりの里とトミヨ


まがりの里は、おがらす神社の東にあたることです。ここは、けいたい天皇の第一王子まがりの大えかなひのみことが、お生まれになったところと言い伝えられています。王子のうぶゆに使ったといわれるあませ清水があり、ここには梅花藻がしげり珍しいトミヨがすんでいます。また、継体天皇が月見をされた時に腰をかけられたという月見石があります。
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東運動公園


昭和54年、4面とれるソフトボール場と全天候型の陸上競技場をもった東運動公園が完成した。サブトラックやテニスコート、大型のフィルードアスレチックなどの遊具もあります。5,6年生の市連合体育会もここで開かれます。
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本山毫摂寺


清水頭町にある本山ごうしょう寺は、真宗出雲路派の本山で、親らん聖人が、約三百七十年前に、今のところにたてられました。今たっているたて物は、明治十七年に新しく立て直したものです。御影堂、阿弥陀堂、そのほか大きな山門などの大きな建物がならんでいます。けいだいの南側にはのゑ女の碑があります。のゑ女はうばとして働いていましたが、本山の二人のお姫さまの遊び相手をしていた時、突然おそってきた大きないのししからお姫さまを守り、殿様からほうびをもらったと伝えられています。
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味真野小学校のエドヒガン桜


味真野小学校には、大きな桜の木が校庭の真ん中にあります。樹齢は100年以上と考えられます。校庭を広げて校舎を新しく建てたために桜の木だけ校庭の真ん中に取り残されました。しかし、夏にはテントのかわりになり、児童のいこいの場所になります。毎年4月上旬になると満開になり、多くの見物人やカメラマンが訪れます。武生市の天然記念物になっています。
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霊泉寺


しば氏の位牌をおまつりしてある霊泉寺は、武衛山につづいている倶利古曾のふもとにあって、義敏一族のお墓と、約四百八十年前の制札(いろいろ禁止することをみんなに知らせるために書いた立て札)がしまってあります。また、けいだいには活け泉といういずみと大仏があります。大仏は、百年前、池田村板がきの橋本かへいという人が関西地方の神様や仏様を、おまいりして歩き、自分の山から、松の木を切りだして、村の大工にたのみ、高さ九メートルの大仏を作り上げたものです。
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味真野の里


広い苑内に植えられている木には、その木にちなんだ万葉集の歌がかけられています。ぼたん園、藤園、しょうぶ園、はす池などでは、四季折々の美しい花を見ることができます。また、郷土資料館や国指定重要文化財の谷口家住宅もあります。万葉の里の遺跡や19世紀前半の農家の生活の様子が目で確かめられます。
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