つれづれ日記 2002.4-6


6月30日(日)

 だいぶ前の「朝日新聞」から、気になった文章を二つ。一つは、お茶の水女子大学の教授である数学者の藤原正彦氏のもの。氏は、情報時代であるが故にかえって世の中の本質が見えにくくなっていることを指摘した後、次のように書いている。「情報時代にもっとも大切なのは、情報を集める能力ではなく、過剰な情報に溺れず、そこから本質を選択する能力であろう。この能力は論理的思考によって得られるのではない。……何を選択するかに論理は役立たない。いくら情報を集め専門知識を集めたところで、どれを最優先すべきかは別問題である。/選択は情緒による。家族愛、郷土愛、祖国愛、人類愛、卑怯を憎む心、もののあわれ、他人の不幸への感受性、などといった情緒がどれをどれほど重視するかの価値判断に働く」。論理的思考こそが合理的な判断と唯一絶対の正しい結果を導く、ということを現代の私たちは当然のこととし、そこに疑問をさしはさむことはほとんどありません。学校教育においても「情緒」といった曖昧な概念はどこかへ追いやられ、もっぱら「論理的思考」が重視されています。そしてそれは、高校の国語の授業においても然りです。論理的思考は、生活習慣や価値観が多様化する現代においては、特に尊重すべきであると私は考えます。ただ、それのみにとらわれることで、情緒というものを疎外してしまってはいなかったか……。大きな課題です。二つ目は、東京女子大学教授で哲学者の黒崎政男氏のもの。「『科学』という言葉に重いリアリティーがなくなってきたように感じられる。……個別性や一回性を特徴とする『生命』や、複雑な諸要素が絡む『環境』は、単純な要素と法則の発見という物理学的手法では、手に負えなくなったのである。/第二に、根本にある法則がわかれば、その現象は完全な予知と支配と制御のもとに入るという物理学の世界観そのものが崩れはじめる。1970年代から始まるカオス・複雑系研究によって『ある時点での状態が決まれば、その後の状態が原理的にはすべて決定されているにもかかわらず、遠い将来の状態が予測不可能である』ということが明らかになる。水の流れ、天気予報、株価の変動はもとより、天体の運行、さらには、神経細胞の働きにまで、カオス現象は潜んでいたのである。……第三に、科学−技術という構造、つまり、理論が主でありテクノロジーが従であるという優位関係が大きく逆転してしまっている。……望遠鏡や顕微鏡というテクノロジーの発明が、天文学や細胞学の発展を支えたのだとすれば、科学はそもそも創成期からそういう胚珠を内に抱えていたのかもしれない。……時代は、『科学』という単一の原理に導かれるのではなく、宗教や経済や民族やテクノロジー、あるいは、原始的なものと最先端のものなど、さまざまな要素が解きほぐせないほど複雑に絡み合う様相のうちに進むことになるのだろう」。……そうなるでしょうねえ。


6月29日(土)

 この前の日記に「脳」の働きに興味を持っていることを書きましたが、そこでもう一つ書き落としたことがあります。それは、以前NHKのETV2002という番組でも放映された新潟大学の中田力教授の研究プロジェクトのことです。中田教授はfMRIを利用した脳の研究で世界的に注目されている

方ですが、このfMRIを利用した研究の幅広い可能性に私は強い関心を持ちました。なぜなら、さまざまな種類の文学的文章(小説や物語、あるいは同じ小説であっても時代が異なるもの、など)を読む時に、その人が感じている〈リアリティー〉というものを、fMRIを利用して科学的に分析することが可能ではないかと思うからです。小説や物語といったジャンルの文章を読む際、私たちは、(たとえそれがまったくの架空の描写であったとしても)非常にリアルな感覚を得ることがあります。私は、小説や物語を〈読む〉ということの本質が、この「リアルな感覚」にあると考えています。そして、「現代の子どもたちは小説を読んでも感動しない」とか、「マンガやアニメにしか興味を示さない」などとよく言いますが、〈読む〉ことを通して〈リアリティー〉を感じる心(=脳)の働きというものも、文化的環境の変化によって獲得されたり失われたりするものではないかとも考えています。fMRIによって、このような〈読む〉行為の実態が明らかになれば、文学(言語)の研究に新たな局面を拓くだけではなく、教育、あるいは人工知能の研究といった多くの分野にもつながって行くはずです。


6月28日(金)

 紫陽花が福井市の花であることを知ったのは、5、6年前のこと。福井大学の大学院に通っていたときに、夕暮れ時になると毎日決まってどこからか哀愁をおびたメロディーが流れてくるのに気がつきました。それまで福井市で生活したことのなかった私は不思議に思い、いったいこれは何なのだろうと同じ研究室の学生に聞いてみたところ、「♪紫陽花の花に包まれて そぞろ歩きの足羽山〜」と福井市の歌を教えてくれたのでした。そう言えば、毎週日曜日の午前中にテレビでやっていた「市民の窓」のテーマ曲も、これだったんだ!と気づき、それ以来、なぜかこのメロディーが耳に残り忘れられない曲になったと同時に、紫陽花の花にも自然と目がとまるようになったのでした。梅雨時の憂鬱な気分を和らげてくれるように、街角には今年も紫陽花の花が揺れています。


6月16日(日)

 ここ1ヶ月、「脳」についての本を少しずつ読み進めています。そもそも私は、文学をめぐるリアリティーの問題について以前から興味を持っているのですが、それを考えるには、やはり、ことばや文章を認識する際の脳の働きについて勉強をしなければいけないという思いが強まってきたからです。言語を耳で聞き取る場合と、文字として読み取る場合とでは、どのような違いがあるのか。また、日本語と他の言語ではどう違うのか。あるいは、通常の会話と小説や物語を読む(または聞く)のとではどのような違いがあるのか。……これからの文学研究は、従来のような言語学、哲学、社会学、心理学、歴史学といった隣接する諸学問との連携だけではなく、理学や医学、あるいは工学分野とも強く結びつくことで、新たな局面を切り拓いていくべきだと思っています。


5月12日(日)

 コンピュータのネット化、高速情報網の発達とともに予測されていたピラミッド社会の崩壊。今晩NHKで放映された「変革の世紀A情報革命が組織を変える」は、その現象がいくつかの組織の上で具体化されてきたことをアメリカ陸軍と自動車メーカーのフォード社を取り上げてレポートしていました。ピラミッド型の中央集権的な巨大組織が敏速な処理と多様化する課題に対する柔軟な対処に不向きであることは、これまでにも言われてきたことです。が、では、実際にそれに代わってどのような組織が理想的なのかと言われると、ピンとこないというのが実情であったところに、この番組はいくつかのイメージを与えてくれたように思います。ただ、実は私にピンときたのは、アメリカ陸軍の取り組みでもフォードの改革でもなく、後半に出てきたオルフェウス室内管弦楽団と化学材料開発メーカーのバックマン・ラボラトリーズ社の例です。オルフェウスについては、私日野庵主人もかなり以前からのファンで、何年か前に武生で行われた演奏会(オルフェウスは武生に来たことがあるんですよ!)で生の音を聞いて感銘を受けたこともあります。で、その時から今に続く彼らの特徴は、指揮者を持たないこと。練習の度に屈託のないアドヴァイスをメンバー同士で言い合い、ディスカッションを繰り返すことで、彼らはこの上なく豊かな音色とみごとなハーモニーを実現していたのです。余談ですが、かのヘルベルト・フォン・カラヤンが、まさに中央集権的な組織作りでオーケストラを統制し、自己のイメージと寸分違わぬ音楽世界を構築しようとしたのとは対照的です。また、バックマン・ラボラトリーズは、世界21カ国に拠点を持つ国際的な企業。ただし、従来のようなピラミッド型の管理組織で問題解決にあたるのではなく、各国に散らばる社員たちが自由にネット上のフォーラムにアクセスし、必要に応じて同じような問題意識を抱える社員たちと自発的なプロジェクトを組むことで問題解決にあたっていくという点が、この企業ならではの成果を生みだしているとのことです。中央集権的に統制されたトップ・ダウン型ではなく、中心を持たずに結びつく不定形のネット状の組織。一歩間違えば、組織という輪郭そのものを失いかねない危うい形態でありながら、新たな未来への可能性を秘めているのは、どうやら後者のようです。


5月11日(土)

 5月8日、中国・瀋陽の日本総領事館で起こった北朝鮮からの亡命事件。この〈出来事〉は、亡命を支援する団体から情報を得て待機していたカメラマンによって記録され、映像として全世界に発信されると同時に、各国でさまざまな議論を巻き起こしています。国家のプライドの欠如を嘆く声や非人道的な行動への怒りなどが日を追って強くなる中、私日野庵主人がどうしても気にかかるのは、そのような全体的な〈意味づけ〉を取り払ったところに垣間見ることのできる〈現実〉そのものの捉え難さと、その〈複数性〉です。芥川龍之介に『藪の中』という小説がありますが、総領事館の門をはさむわずかな空間で発生した〈現実〉の在り方は、この小説世界に生み出された〈リアリティー〉の感覚と共通しているように思います。登場人物それぞれの口から物語られる〈現実〉は、互いに齟齬をきたし、食い違い、〈ことの真相〉を探しあてようとする〈読み〉は阻害され徒労に終わる。つまり、そこにあるのは唯一絶対の〈真実〉の不在と、その〈真実〉の不在こそが真の〈現実〉であるという実感なのです。あの現場の〈真実〉を、いくら正確に追究しようとしても、実はそこに紡ぎ出されるのは後で一義的に意味づけされた〈出来事〉に過ぎないのであって、〈ことの真相〉は求めれば求めるほど遠ざかって行くようにも思われます。〈現実〉の底知れぬ怖さも、おそらくはそこにあるのです。


5月7日(火)

 漢文を学び始めたばかりの一年生。「玉琢かざれば器を成さず」という格言を教えながら、このことばの背後にある壮大な歴史と文化の広がりに思いを馳せました。「玉」とは、いわゆる中国の西域に位置するホータンや酒泉で採れる玉石(軟玉)のことです。当時の中国の人々は、この「玉」を削り、磨きをかけることによって、器を含むさまざまな品々をつくり出し、それをこよなく愛しました。王翰の有名な「涼州詞」の中で「葡萄の美酒 夜光の杯」と歌われている「夜光杯」は、一部にペルシャから伝来したガラス製の杯のことだとする説もあるようですが、征戦の兵士が「沙場」で手にするのは、やはりこの辺境の地で産出される玉杯でなければならないように思われます。写真でしか見たことがないのが残念ですが、玉からつくられた夜光杯は、酒を注いで月の光にかざすと、何とも言えない美しい光を帯びて輝くとか。さらに、中国においては古来、玉には霊力や強い生命力が宿ると信じられていたとも聞きます。短い格言ではあっても、そのことばのリアリティーを実感するのは並大抵のことではないようです。


5月6日(月)

 NHKの大河ドラマ『利家とまつ』で盛り上がっているのは、何も加賀百万石の城下町・金沢だけではありません。越前府中として前田利家との関係が深いここ武生市も、ここぞとばかりに利家公ゆかりの史跡や寺院を散策コースに取り入れ、立て看板まで設置するほどの熱の入れようです。そのブームに乗って(?)、日野庵主人も武生市の味真野地区にある小丸城跡を初めて訪れました。今は石垣の一部がかろうじて残っているだけですが、その場所に立っていると、万葉の昔から、戦国の世を経て、現代へと積み重なっていく壮大な歴史のうねりを感じることができるようで、不思議な気持ちになりました。武生市にはこのほかにも利家ゆかりの地として、府中城跡(現在の武生市役所付近)や宝円寺(利家が帰依したという寺院)などがあります。たかが大河ドラマ、とばかにする前に、これを機会に身近なところから歴史を垣間見るのも悪くないかもしれません。


5月5日(日)

 こどもの日の今日、何気なく「♪柱のきずはおととしの〜」と口ずさんでいて、ふと、「何で去年じゃなくて、おととしの柱のきずなんだろう?」と疑問に思った日野庵主人。それを同居人のマキに伝えると、即座に、「それはお兄さんが去年は病気で、弟の背の高さを測ってやることができなかったからよ」との答え。「えっ!」そんなことどうして知ってるんだろうと少しばかりつついてみると、どうやら少し前の『めざましテレビ』で話題になっていたとか。それによると、この歌の作詞者の事実を歌詞にしたそうなのです。逆に、「やっぱりそんなことを疑問に思う人っているのね」と、変に感心されてしまいました。でも、私日野庵主人としては、何となく納得できないものが……。なぜって、こういう疑問は、歌詞の中に解決の糸口があって欲しいじゃないですか。で、今は「この歌の2番てどんなだったっけ?」と、新たな疑問を持つ日野庵主人なのでした。


5月2日(木)

 そう言えば、先日アップした「韓国ソウル探訪」に、書き忘れたことが一つ。移動で利用したソウルの地下鉄の中で、お年寄りに席を譲る若者の姿を見かけたことです。日本ではとんと見かけなくなった光景ですが、儒教の教えが道徳意識として人々の間に浸透している韓国では、ごく自然な振る舞いのようです。ただ、後で聞いた話によると、最近ソウルの地下鉄にもシルバー・シートが登場したとか。韓国の若者には、日本と同じ状況になってほしくないですね。


4月29日(月)

 ひさびさの日記です。最近、松平春嶽と橋本左内についての書物を読み始めた日野庵主人、幕末という時代を突き動かし、明治という新たな胎動を生みだした人々の若さとパワーにあらためて驚かされながらも、それを手放しで称賛することにためらいを感じています。歴史は時として、思い込みやさまざまなイデオロギーと結びついて一人歩きし、未来を大きな力で支配し束縛するという動きに結びつくことがあります。それはちょうど「不易流行」ということばを安易にとらえることの危険性と共通しています。春嶽と左内という人物についても、それが言えるような気がするのです。彼らと彼らをめぐる時代のダイナミズムを自分なりに理解するためには、そうとうの時間と努力が必要なようです。あれもやりたい、これもやりたいと思いながら、すべてが中途半端になってしまっているぐうたらな日野庵主人にとって、またやっかいな興味が増えてしまいました。


4月7日(日)

 NHK教育TVに『未来への教室』という子供向けの番組があります。子供向けとは言ってもなかなかあなどれない内容で、私も時々見ているのですが、昨晩は「人間とコンピューターの明日」と題した、コンピューター科学者のアラン・ケイ博士の授業でした。アランさんは、知る人ぞ知るパソコンの生みの親とも言われる人物で、現在はNPOを設立し、「スクイーク」というソフトの開発に取り組んでいるそうです。それで、私日野庵主人がなぜこの番組のことをわざわざ取り上げたかというと、それは、「コンピューターは人間の創造力を高めていくためのものでなくてはならない」という彼の主張を、ぜひ書き留めておきたかったからなのです。私自身、日常の生活の中でコンピューターと関わる時間は多いのですが、ワープロ機能にしろ、表計算機能にしろ、インターネットにしろ、ホームページ作成にしろ、コンピューターが事前にお膳立てしていることに安楽に乗っかって言われるままに操作しているに過ぎません。コンピューターがなぜこのような処理をしてくれるのか、といった「仕組み」にはほど遠い世界で、内側の世界をのぞき見ることもなく、単にコンピューターの画面と向き合っているだけなのです。コンピューターの進歩と普及は、ある特定の技術者だけが複雑なプログラミングに携わり、他の人々は彼らが作ったブラック・ボックスの中を安易にのぞき見ることも出来ない、言うならば「思考のブラック・ボックス化」を生み出してきているような気がします。実際、現代の子供たち(われわれ大人もそうですが)は、ゲームのソフトを器用に使いこなして遊んだり、携帯電話を自分の身体のように扱ったりはしますが、そこから科学的な探究心を芽生えさせることは少ないようです。ところが、アランさんがもともとパソコンを発想した時点では、決してそうではなかったというのです。当時は、現在のように基本ソフト(OS)とアプリケーション・ソフトといった区別はなく、あくまで彼が発想したコンピューターは、「それを使う人々がプログラミングして動かすことによって、あらゆるメディアの役割を果たすことができるもの」だったのです。アランさんに言わせると、コンピューターはウィンドウズやマッキントッシュのお陰で非常に使いやすいものとして全世界に広がったものの、それは同時に、彼がイメージしていたものとは全く違う路線を走り始め、人類に対しても彼が望むこととは全く違う意味での貢献をしてしまっているのかもしれません。「スクイーク」は、こういった現状に対する軌道修正として、彼が信念をかけて取り組んでいるプロジェクトでもあるのです。


4月6日(土)

 3日の福井新聞に、「9世紀に日本で作られたとされている片仮名が8世紀に既に朝鮮半島で使われていた可能性がある」とする発表を徳島文理大の小林芳規教授が行ったという記事が掲載されていました。それによると、朝鮮半島の新羅から西暦740年以前に伝来したとされる華厳経を解説した文献『判比量論』(現在大谷大が所蔵。重要文化財)の中の「根」の文字の右側に角筆で書かれた片仮名と見られるものが見つかったということ。小林教授は、書体の特徴も含めて文献は新羅で書写したものと判断したそうです。角筆自体がおそらく非常に判読しがたいものでしょうから、この記事だけでは何とも言えませんが、最近韓国を訪れ、韓国と日本の文化の類似性を実感し、日本の文化のルーツを韓国(朝鮮)の文化に見てきた(と、そんな大げさなものではありませんが)日野庵主人としては、たいへん興味深い内容ではあります。理屈で考えても、片仮名は、いわゆる真名(漢字)に対比される日常的な平仮名とは性質が異なり、仏教の経典との結びつきの強いものだと思われます。また、韓国(朝鮮)のことばというものが日本のことばにたいへん近い構造であることを考えてみても、あり得ることだなあと一人で納得(そう簡単に納得してはいけませんが)してしまいました。ちなみに、この小林教授は昨年、朝鮮半島から日本に伝わった9世紀頃の華厳経と韓国に現存する華厳教とに同一のヲコト点を発見し、ヲコト点の起源は朝鮮半島ではないかとの指摘も行っているそうです。


4月3日(水)

 4年間慣れ親しんだ鯖江高校を離れ、この4月から福井市内の藤島高校に勤務することになりました。日野庵から新しい勤務校まで片道30q。車で1時間近くかかります。往復2時間の通勤時間を利用し、車を運転しながら英会話のテープでも聴こうかと思ったりしています。


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